二宮金次郎
後に、二宮尊徳と呼ばれる、江戸時代に生きた賢人だ。

二宮金次郎は、薪を背負いながら本を読んでいる姿の銅像で有名だが、そもそもなぜ子供が、わざわざ薪を背負いながらも読書をしているのだろうか?
 
 
二宮金次郎が薪を背負ってる最中まで勉強をしていた本当の理由はなんだったのだろうか?
 

 
 
二宮金次郎が薪を背負ってる最中まで勉強をしていた本当の理由
 

後に二宮尊徳と呼ばれた、金次郎の勉強時間は、薪取りの山中の往復の道だった。

それは、歩いている時間も勉強したいというような、やわな理由ではなかった。

その時間でないと勉強ができないという理由があった。

 
 
それは、ことごとく勉強することを伯父に禁止されたからだ。

それでも金次郎は勉強をしたかったのだ。

 
 
 

金次郎の勉強への志

 
始めの頃の勉強時間は、一日の仕事を終えた後の深夜。
古典の勉強に努めた。
孔子の『大学』だ。

だが、
当時は電気などないので、貴重な灯油の明かりでの勉強になる。

幼少時に両親を亡くした金次郎は、伯父の家に預けられる。
できるだけ伯父の厄介になるまいとして、懸命に働いた。

当然、勉強し始めるのは仕事を終えてへとへとの深夜になった。
まだ16歳だった金次郎は一人前の仕事をする為にも、夜遅くまで働いていたのだ。

だが、その勉強が伯父に見つかり「大事な灯油を役にも立たない勉強に使うな」とひどく叱られたのだった。
 
 
そこで、金次郎はこう思う。

「伯父の怒るのももっともだ。自分の油で明かりを燃やせるようになるまで、勉強はあきらめよう」と。
 
ちょっと待ってほしい。
普通、年端もいかない子供が、自分の油で明かりを燃やせるようになるまでは、勉強はあきらめようと言うだろうか。

厳密には著者の内村鑑三の創作の部分もあるかもしれないが、このような発言をする子供から想像するに、相当に貧しく、働きながらなんとか養ってもらっているという厳しい立場だったことが想像できる。

もしかすると、この時代の貧しい農民の子供達の多くは、金次郎ほどではないにしろ、現代人と比べれば、自立心は相当にあったのかもしれない。
厳しい環境であるが故の、必然の結果として。

そうでなければ生きていくことが、できなかったのだから。
 
 
それに加え、金次郎が秀逸であったのは、自分の親同然の叔父が言った「役にも立たない勉強」という箇所は無視したことだ。

あくまで、人様の油で勉強をすることに対して諦めたのであり、勉強自体を諦めたのではない。

自分が何を勉強するかは自分で決める
叔父の「役にも立たない勉強」というところは、はなから無視である。
 
 
 
 

勉強ができるようになるまでの道のり

 
それからのこと、
金次郎は与えられた仕事とは別に、自身の田畑を見つけて耕し、そこから得た作物を売ってから、油をやっとの思いで手に入れて勉強を再開する。

すると、またもや伯父に言われるのだった。

「お前の面倒を見ているのはわしなのだから、お前の時間はわたしの時間だ。お前に本を読ませる余裕などない」と。
 
 
それも金次郎は言いつけに従った。一日の仕事を終えてからも、むしろ織や、わらじ作りに励んだ。

なんと仕事を終えた後の時間さえも、勉強することを禁止されたのだ。自由さえもなかった。
 
 
ここで、
金次郎は偉かった。

仕事後にも勉強できないことにただ不満をもつだけでもなく、勉強を投げ出すわけでもなく、今度は叔父が見ていない時間に勉強を行ったのだ。叔父に指示された仕事を完璧にこなしながら。
 
 
以降、金次郎の勉強は、伯父のために、毎日薪を取りに行く往復の道でなされたのだった。
 
 
もはや、その時間でしか勉強時間を捻出することが出来なかったのだ。

金次郎も必死だ。

いや、勉強が好きで、もはや誰にも、それを止めることはできないほどの激情だったのかもしれない。
 
 
いずれにせよ金次郎は、
休みの日も、ダラけて過ごすなんてことはしなかった。
与えられた仕事とは別に、自分で田畑を新たに開墾し、自身の糧を得ていった。

やがて、
金次郎は独立し、それからも懸命に働き、懸命に勉強し続けた。

金次郎には自立心があった。
 
何ものにも代えがたい自立心が。

 
 
 

二宮尊徳と呼ばれた金次郎

 
後に二宮尊徳と呼ばれる金次郎は、
状況にめげずに自分の今できることを、懸命に一つ一つやり続けた。

そして、最晩年には一農民であったのが、幕府に用いられるまでの大人物になった。
 
 
勉強の大切さを
自身の人生をもって示した。

それを支えたのは、人の厄介にはなるまいとする
金次郎の自立心である。
 
 
ここに金次郎という男の生き様の真骨頂がある。
 
 

金次郎は、勉強することを愛していたのではないかと思う。

成長することを、そして人生そのものを成長していくに足る、素晴らしきもの、愛すべきものとして。
 
 
YOERU

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