中国の儒教の代表的経典である四書(「大学」「中庸」「論語」「孟子」)の一冊。

この書は孟子(前372-289)の言行録であり、今から約2300年ほど前の人物である。

今から2300年も前に生きた人物の言行が今も尚残り続けているのである。

 

何故、2000年以上も残るのか?

2000年経てば、政権・法律・宗教・経済システムと、ありとあらゆることが変わる。

それでも、どの時代の読者をも納得させるのは、物事の本質を突いているからこそだろう。

 

時代を超えて、この世界に普遍的に存在するルールのことを「原理原則」という。

世の中には、重力の法則と同じように、この原理原則が働いているのである。

この原理原則を知っているのとそうでないのとでは、はっきり言って人生に雲泥の差が出る。

ゲームに参加する際に、そのゲームにおいての原理原則(勝ち方や楽しみ方)を知っているのと、知らないのとでは、ゲームの成果に雲泥の差が出ることと同じである。

 

『孟子』を読むと、人生においての原理原則が至るところに、散りばめられていることがよく分かる。

『孟子』を含めた「四書」は、全て性善説に立っている。

性善説とは、人間の本質は善であり、本来の姿として善い心を持ち、善い行いをすることが、人間本来の自然な性質であるという立場である。

これは、つまり人間には元々本来、素晴らしい性質が「ある」ということであり、本来もっている性質を「自覚」し、さらに「伸ばす」ということを教育の方針とすることにもなる。
 

「必要なものは全て自分の中にある。」

 
ということである。

何かが足りないから、埋めるわけではないのだ。

 
本来、人間は素晴らしい。

その素晴らしい性質を自覚して伸ばせるかどうか。

どのように心がけて生きれば良いのか。

その指針となる原理原則が『孟子』には散りばめられている。

YOERU.

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