イングランド生まれとされる世界最高の悲劇作家シェイクスピアによって今から400年前に作られた作品「ジュリアス・シーザー」。

ジュリアス・シーザーとは、ラテン語読みで、ガイウス・ユリウス・カエサルのことである。

カエサルが生まれたのは紀元前100年。

今から約2100年前。舞台は古代ローマ。

この物語はカエサルが暗殺されたという史実に沿って展開される。

だが、カエサル自体は5場面のうちのはや3場面で暗殺されて舞台から消える。

それ以降、カシウスを首謀者としブルータスを含めた暗殺一派とアントニウスらカエサル派とを中心に物語は進む。

「ブルータス、お前もか」

カエサルが長年可愛がってきたブルータスに、殺される刹那に出たこの言葉は非常に有名である。

カエサル自体はこの物語ではあっけなく死んでしまう。

今でも太陽暦を筆頭に現在に至るまでも残り使われ続けるような政策を行ったカエサル。

そのカエサルという人間の重みが、暗殺を行ったブルータス達に、亡き後ものしかかる。

カエサルもブルータスもローマという国を強く思うという点では、同じ想いを持っていた。

だが、そのための方法が決定的に違った。

一方は国を思い、古くからの共和体制を崩すことに、国が生きる道を見出し

一方は国を思い古くからの共和体制を維持することに、国が生きる道を見出した。

そして、歴史は保守派であるブルータス達が、改革派であるカエサルを暗殺することで、進んだのだった。

だが、結果的にはこのブルータスの行動は、過去最大に広大な領土になったローマにおいて、もはや機能せず瓦解するのも時間の問題であった共和体制を、束の間のあいだ長引かせるだけの結果に終わった。

カエサルには先見の明があった。

ブルータスにはそれがなかった。

そして、カエサル暗殺後にブルータス達は制裁されることとなる。

ブルータス暗殺グループがカエサル暗殺の正当性を民衆達に説き、民衆達は大いに賛同する。

ブルータスをこそシーザー亡き後のシーザーにしようではないか、と。

大いに盛り上がる。

ブルータス万歳!!

そして、それに次ぐ演説で今度はカエサルの腹心アントニウスが、民衆を説く。

演説後、民衆の感情は膨れ上がり、暴動を起こす。カエサルを殺した奴らを殺せ!

先ほどまで、ブルータス万歳と言っていた人間達が、今度は一転してブルータス達を極悪人と罵り、復讐だ!と言って暴発する。

この見事なまでに、半ば反応的に動く民衆の心理を掴み、描く様は圧巻である。

そして、ブルータス達は殺される。

結局は、歴史はブルータス達保守派には先見の明がなかったことを証明する。

間もなくローマの政体は、元老院による共和体制から、カエサルが思い描いていた帝政へとシフトするのだ。

先見の明をもった偉大なる人物、カエサルを殺してしまったのだ。

彼がもし生きていればまた歴史は変わっていたのだろう。

だがしかし、

ブルータスの国を思う純粋な気持は、お国のためを思う気持ちそのものは、尊いことではないのだろうか?

そのことは忘れてはならないのでなかろうか?

人がこの世界を生きるときには、全てを白と黒で分けられるものではない。

むしろ、世の中にグレーだらけだ。

この作品には、ただ勧善懲悪の世界ではない、この世の中のリアルな空気がある。

YOERU.

Translate »