旧五千円紙幣にもなっていた新渡戸稲造が、38歳の歳1899年に書いた本だ。

元々は海外に向けて、日本のことを紹介する意で書いたので、この本はその英文の日本語訳になる。

まず、読んでいて驚くのは歴史上の人物名の引用の数である。

その数100名を超える。

これだけの歴史上の人物の偉人・哲人・賢人のことに精通しており、日本の様々な事象や在りようを、世界共通認識の偉人達に例えて話す様は本当に圧巻だ。

この本のテーマは、

新渡戸稲造がベルギーの法学大家故ド・ラブレー氏に聞かれた質問に、答えを窮したことから始まった。

「日本では宗教教育なくして、道徳教育をどうやって授けるのか?」と。

宗教教育がないということ自体がカルチャーショックだったのだろう。

そして新渡戸稲造はこの答えに窮した。

そして、その結論となるこの本を出したのだ。

「武士道」

それが答えである。

この本自体にも全体を通して感じるのは、「日本人としての誇り」である。

いかに西欧のものを取り入れて発展していたとしても、それは日本人自身が本来持っている力を使い活かしたことによるものであり、決して盲目的模倣ではないと。

そうした根元にあるものが1000年の時を経て培ってきた日本人の武士道であり、それらは武士階級から平民階級にまで行き渡り、大和魂となり生きていると。

この先、武士道という名や存在が忘れられようとも、この長い間培ってきた精神は、いつまでも人々の中に残り、人生を豊かにし続けていくだろうという、気概である。

現代でも、日本人に忍耐や根性が好まれる傾向があるのは、武士道には自身の感情を表に出さずいることが美徳とされていたことは深く関係しているように思える。

最も心に残るシーンは、父仇の仇を討つために、徳川家康への仇討ちを決行した24歳と17歳の兄弟が捕らえられた際、家康がその親への孝行の気持ちを評価して名誉なる死を遂げさせよとしたエピソードである。

この日本独自の名誉ある自殺法、腹切でも顔色に感情を出さずに耐え忍ぶことが美徳とされていたようだ。

その兄弟には、8歳の末弟がおり3人ともが切腹を行うことになった。

8歳の末弟は腹切の方法は知らず。

兄が弟に向かって言う。

「兄のやり方を見ておくんだよ。そして私達がやり終えたあと、最後にお前がやるんだ。」と。

末弟は答える。

「はい、兄様。兄様のやる様をしかと見届けて、私も同じく切腹いたします」

「それでこそ、我が弟、そして誇り高き父の子である。嬉しく思うぞ」と、兄は涙を浮かべて微笑して、弟を思い見ながら絶命する。

そして、その壮絶な兄の切腹を見届けた末弟も腹切をやり切り絶命するのである。

8歳の子供さえも誇りを持って死する。

これが日本の武士道の精神である。

YOERU.

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